農機具の歴史を考える

日本では明治33年ごろから農業用に機械式のエンジンが用いられ始めました。その約10年後には「農発」という国産機が誕生し、1920年頃には他の農用機関においても国内生産が始まりました。とは言え戦前は牛馬耕など農業家畜を使った耕作が中心で、耕うん機などの工作機械を用いて作業することは皆無でした。定置型の機械である脱穀機や籾摺り機のような収穫後に利用する機械は、ほとんどが木製で一部刃などには鉄も使われていましたが、約30万台も使用されていました。

戦後の農地解放で農家のほとんどは自作農となり、増産技術の導入、つまり効率化や機械化を求めるようになりまたを積極的に行なうようになりました。その結果、耕うん機や害虫駆除のための噴霧機を中心に急激に普及することになり、とくに昭和25年頃にはアメリカから導入されたメリティラが急速に普及していきました。これらの歩行型トラクターは昭和30年には約8万台まで増え、昭和42年には300万台以上となりました。これは日本の農業機械の歴史の中で最も急激な増加率となっています。これらの動力源は、当初はモーターや低速の石油発動機でしたが、次第に中高速の石油発動機、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジンとその動力源を変え出力を増やしていきました。このよな機会化の流れにおいて、これまでの牛や馬での稲作は、トラクターにゆずられ、特に耕うん作業や運搬作業では完全に機械化の恩恵を受けるようになりました。

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